すっかり日も落ちて、窓から細い弧を描く月が覗く頃。
「ねえ、さつきの思う『えっちなこと』ってどのくらいのことなの?」
「し、知らないっ!」
いつかの避けられていた原因のことを今日もさつきに問うてみる。しかしながら、答えてくれるつもりはないみたい。
「教えてくれないの? それなら勝手に調べてしまおうかな」
「それはどういう……、ひゃっ!?」
顔をそらすさつきの首すじをなぞり、そのまま顎に手を添えてこちらを向かせる。
「このくらいは普通、だよね?」
「…………」
さつきは予想外のわたしの行動にしばらく固まって目をまばたかせる。そして目が合うと必死に視線をそらした。その姿があまりに愛らしくて、もっとよく見たくて顔を近づける。
「だ、だめ……!」
「どうして?」
「この近さはだめ……!」
言葉では拒絶しても私が触れた手を離していないので顔をそらしたくてもできないようで、ただただ顔を赤らめ目を伏せていた。嫌なら振り解いてしまえばいいのにそうはしない優しさもさつきの好きなところ。
この子はどこまでわたしのことを許してしまうのだろう?ちょっとだけいたずら心が生まれる。
さつきの耳元に顔を寄せて囁いてみる。
「……こういうのがさつきにとってえっちなの?」
「っふぁ……! 今のはそうだろっ……!?」
「そうかなあ」
「み、耳のそばでしゃべるの、だめ……」
「わたしはさつきの声をもっと近くで聞きたいな」
「〜〜〜っ! そういうの、恥ずかしいから……」
近い距離でいると顔を赤くしたさつきの体温が伝わってくる。わたしにはないあたたかさが心地良い。
「こういう距離は、どきどきしてるのがバレちゃうから、よくない……」
「ふむ、どれどれ」
少し屈んで耳元から胸元へ。確かにいつもよりも少し心音が早い。
「ほんとだ」
「た、確かめないでいいっ……!」
自分からどきどきしてるのを言ったのに慌てているのがちょっと面白くて思わず笑ってしまう。さつきのそういう素直なところも好き。
顔はそのまま離さずに指先で胸元をなぞってみる。近づくだけではきっとまださつきの言う「えっちなこと」ではないだろうから。
「ひゃ……!?」
「どうかな?」
「く、くすぐったいって……!」
くすぐったいのか笑い声を漏らすさつき。
「じゃあこういうのは」
服の上から胸の突起のあたりを爪先でつんと触れる。
「んん……」
さつきはびくりと体を震わせたけれどあまりよくわからない様子。自分の胸がそういう「えっちな」対象だとは思っていないのかな。
「どう?」
「よくわからないけど、へんな感じ……」
「嫌じゃない?」
「くすぐったいからやだ……」
あまり好評ではなさそうなので、別のところから攻めてみようかな。
ぼんやりした様子のさつきを有無を言わさず抱きしめる。私が何も言わないままでいるとさつきも同じく口をつぐんでいた。
沈黙の中、互いの心臓の高鳴りだけが感じられる。静かで心地よい時間。はじめて見たときから私はさつきとこうしたかった。
「えっと、咲々牙……?」
私が抱擁の感覚に浸っているとさつきが沈黙を破った。
いけない、目的を忘れるところだった。
背中に回していた片腕をゆっくりと下の方へと這わせる。背中から腰へ指を滑らせるとさつきは反射的に身震いをした。
「だ、だからくすぐったいってば……!」
そうは言うものの手を振り払うつもりはないようで。だからそのまま、腰からさらに下へと体をなでる。小ぶりで形のいい尻を円を描くようになぞった。
「さつきはかわいいね」
「かわいくない……!」
「そうかなあ」
そういう反応自体が可愛いのに。不服そうなさつき。こそばゆいだけでいやらしい感じはしていなさそうかな。
うーん、どうしよう。このままもっと続けてみようか。
さつきの腰元をなで回すのをやめて、近くのソファへ押し倒してみる。
さつきは驚いてとっさに私にしがみつく。
「わっ!? あ、危ないって…!」
「大丈夫だよ」
「そうじゃなく……っ!」
反論を続ける前に耳を甘噛み。反射的に声が出そうになるのを押し殺しているみたい。やっぱり耳が弱いのかな。
そのまま耳元で囁く。
「一緒に寝てくれないのも変な気分になっちゃうから?」
「……!」
「そういう気分になったらどうしたくなるの?」
「い、言えない」
「じゃあ当ててみようか」
これまで触っていなかったさつきの腹よりももっと下に手を伸ばす。
布越しに感じる膨らみは確かに私に欲望を向けていた。
「ここ、触って欲しかったのかな?」
「ち、違っ……! そんなつもりじゃ……!」
否定はするものの私のことを押し退けたりはしなかった。どうしよう、もっと拒絶されるものかと思っていたから止めどきを失ってしまった。さつきがいいというなら、私はいつでも身を許すつもりだったからいいけれど。
「さつきの体は触って欲しがってるよ」
「だ、だめ……、これ以上はほんとにだめだって……!」
言葉とは逆に、そこを一度撫でれば自ら腰を擦り寄せてくる。無意識なのかな。服上から優しく撫でているだけなのにさつきのそれはいっそう硬さを増していた。気持ち良さそうだけどこのまま続けていいものか。
「どうして? 私じゃ嫌、かな」
「その言い方ずるい……咲々牙が嫌なはずない、だろ……」
「私でもいいの?」
「……咲々牙でも、じゃなくて、咲々牙がいい」
さつき自ら私のことを望んでる言葉が聞けて、うれしさを実感できないくらいに夢みたいな心地。
これまでしてきたことがようやく実を結んだのかな。近くに居られればそれだけでも幸せだとはじめは思っていたけれど、近づくほどにどんどんさっきが欲しくなって。近くにいるともっと私を見て欲しい、私を見てくれたら私を思っていて欲しい。いつの間にかさつきの全部が欲しくなってしまった。
ああ、よかった。
「き、聞いてる……?」
「ごめんね、うれしくてちょっとぼんやりしてしまったよ」
「この姿勢のまま止まられると困るからっ……!」
「それはもっとして欲しいってこと?」
「そうじゃなくて……!」
私とならいいのにだめなのかな。難しいなあ。
「だめなの? でも夢の中ではだめなこといっぱいしたんでしょう?」
「いっぱいはしてないってば……!」
「ちょっとならしたんだ? ふふっ……」
口を滑らせたさつきが可愛くて笑ってしまう。何もせず悶々とさせてしまうのも悪いので下腹部を撫でるのを再開しながら。
「ちょ、っ……! ん、ぁ」
私の手で与えられる刺激を予想していなかったのか、さつきは喘ぎを漏らす。
「だめって言ってるのに…!」
「私だけ触るのがだめ? さつきも私のこと触ってもいいんだよ」
「そういう問題じゃ……、っ……!?」
さつきの手を取り、私の体に触れさせた。
「ね、さつきの反応がかわいいから私も変な気分になっちゃったよ」
「……!? 」
目を瞬かせ固まっている。私の体がそういう反応を示すことにそんなに驚くとは思わなかった。失礼しちゃうなあ。
「あの、すごくいまさらなんだけど、……咲々牙が男の人だって、しらなかった」
「昔は一緒にお風呂にも入ったのに気づいてなかったの?」
「あんまり見ないようにしてたから……!」
「そっかあ」
ずっと女性だと思われていたとはね。うーん、予想外。
「私が女の人じゃないと嫌?」
「だからっ……!その聞き方はずるいって……!」
「いまさら、それだけで嫌な、はずないだろ……」
最後の方になるほど小さく消え入りそうな声。
「じゃあ、私のことも触ってくれる?」
「それは、その、……恥ずかしいから」
「嫌だったらそう言っていいんだよ」
「そういうことじゃなくて! ……触ったら、普段も意識しちゃいそうだから…困る」
さつきが意識してもしなくても私の体はいつも変わりないんだけどなあ。
「その、それだけじゃなくて、咲々牙とそういうことしたらこれまでと変わらずいられなくなりそうで怖い、から……」
震える声でどうにか言葉を吐き出すさつき。そのいじらしい様子にたまらず愛しさが込み上げて、両腕できつく抱き寄せる。ああ、この子は私が知っていた以上に私のことを大事に思ってくれていたんだ。それなのに私ときたらこんないじわるばかりして。
「さ、咲々牙……?」
「ごめんね」
「謝らなくていいから……! 咲々牙のこと、いやじゃないから……」
「うん、わかっているよ」
「だから、そんなかなしそうにしないで」
私、そんな顔をしていた? いいや、そんなはずない。だってさつきから顔は見えないはずだもの。
それなら声? そんな悲しそうに聞こえてしまっていたのか。
いつの間にか、さつきも私のことを抱きしめ返してきていた。背に回された腕は初めて会った頃よりもずっと力強くて。永遠に変わらない私と違って時間の流れの中にある存在なことを感じた。
ああ、やっぱり嫌だな。いつかはこの子が私を置いていってしまうなんて。ずっとずっとそばにいて、永遠に同じ時間を生きられればいいのに。
……そうする方法はわかっていたけれど、躊躇いがあって。本当にそれでいいのか確信が持てなかった。けれどもう、今の私にはさつきのいない生なんて考えられない。
ああどうか、すべてがうまく行きますように。
気持ちを切り替えて、顔を上げさつきに微笑みかける。
「大丈夫だよ」
「ほんとに?」
「うん。だから、ね、さつきも悲しまないで」
「オレは悲しんでないって……! でも、ありがとぅ……?」
私の様子に安心したのか抱き寄せる腕がゆるむ。ままっすぐに私を見つめる漆黒の瞳は少し潤んでいるように見えた。自分こそ泣きそうなのに、それよりも私を気遣うそんなさつきが好き。
「さつきがもっと大人になったらにしようね」
「な、何言ってるんだよ……!」
「えっちなことの話?」
「それはわかってる……! じゃなくて、そんな、言われると恥ずかしいから……」
「さつきは恥ずかしがりやさんだなあ」
「そういうところも好きだよ」
「っ……! もうっ!」
すっかり赤くなった顔を覆い隠すさつき。どうしてこう、仕草まで愛らしいのだろう。
溢れた愛しさが行き場をなくして意地悪する前にさつきのさらさらの髪をもてあそんで気持ちを発散する。すっかり伸びた黒髪はそれでも指通りがよく、するりと指の隙間を抜けていく。
それを何度も繰り返していると次第に眠くなってきた。さつきとまた一緒に眠りたいな。許してくれるといいけれど。そんなことをぼんやり思いながら意識を手放した。
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